「福刻餃子」のこと

たぁぶる(愛知県碧南市の居酒屋)おふくろの味、アットホームな居酒屋

おはようございます。

今日はもう11月も19日になるんですね〜

はやーい!1日1日が早く済んでしまっていると感じるのは

年齢のせいですかね?しょうがないな。

今日は福刻餃子🥟という名前の餃子をたぁぶるは売っています。

その味はなかなかお伝え出来ないかもしれませんが

誕生秘話? をお伝えしようと思います。

福刻餃子🥟は水餃子として作っています。

つるつるもちもちの皮 が作りたかったのがこの餃子のポイントです。

対照的なパリパリ餃子はもう21年間作って売っています。

そのパリパリ餃子も試行錯誤を繰り返して

今碧南市のふるさと納税返礼品として扱っていただいています。

この子の話はこの福刻餃子🥟の次におつたえしますねー。

さて 

夫と結婚する前の40年以上も前の話からします。

私は大学4年生の時に夫と婚約をしました。

婚約というと個人の思いが強いのですが

結納を交わした という方が私たちの結婚 ご縁らしいのでこういう表現にします。

米穀商を商う家の長男の夫は嫁さんを探していて

私の母が夫の家にパートで手伝いに行っていて、私の母は働き者で

その人の娘ならぜひ息子の嫁に〜ということで白羽の矢が当たってしまったんですね。

お見合いっていうほど大袈裟ではないけどご縁だったのですね!

私は名古屋芸術大学音楽部 音楽教育科卒 というかっこいい経歴だけど

あっさりそれを活かさないまま 米屋の嫁さんになると決めちゃったんですよね〜。

神様の仕業です。きっとそうです。

私の潜在意識には音楽の先生になる となっていたはずですが

そうではない人生だから きっとシナリオを間違えずに生きてきたのだと思います。(笑)

もう結納が済んでいたのか忘れたけど 正月に神谷さんちの宴によばれて

初々しい私は大人がいっぱいの宴は苦手だけど参加。

神谷家は麩屋をしていたようで麩屋から米屋に転職した感じです。

義父の兄弟の家が今でも麩屋を大きくやっている親戚があります。

義父の兄という方が大連で小麦粉を勉強されて日本に戻って麩屋をやられて

今も子孫の方が盛大に麩屋をやっておられます。

その宴に麩屋の伯父が餃子🥟持ってこられたのです。

もちろんご自分で小麦粉を練って踏んでグルテンの旨みを出して皮を作り

その皮で餡を包んである餃子🥟。

その宴のご馳走は 鳥 椎茸 白菜 の入った鍋をしてくれて

その中に伯父の作ってきてくれた大連伝承の餃子🥟を入れてくれたのです。

初めて見る水餃子 大きな水餃子 見るからに もちもち〜

ヘェ〜 なにこれ?ヘェ〜!食べてもいい?ヘェ〜ヘェ〜

いっただきまーす!  ウマ! うま! えっ! うますぎる!

これが出会い!40年以上も前の話。

夫との出会いより 衝撃的!(大笑い)

なぜ私が餃子🥟作るようになったかはまた別の理由です。

パリパリ餃子🥟を創り出している21年前の時はこの大連餃子のことは全く

おもわなかったんです。パリパリ パリパリばかり考えていたので。

今 今 40年以上も前の感動の味を復活させよう!と思って。

ビンテージ 復刻にしようと思ったけど

いやいや福の神がついてるから 復を福にして

「福刻餃子」と命名しました。

この福刻餃子🥟の餡は海老🦐が入っています。

大連は港町だから海鮮を入れるのが当たり前みたいです。

伯父の餃子は海老🦐はなかったけど生姜の香りが強かったなぁー

うまーい!の感動の思いを福刻餃子🥟に入れてお客さんの食卓に

届けられたらいいなぁ〜って思っています。

今日はここまでです。

最後まで読んでいただいてありがとうございました😊

では  また書いていきます。      moyo